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長崎地方裁判所 昭和24年(行)21号 判決 1949年11月01日

住所氏名は別紙第一記録

原告

荒川末義外一一九三名

右訴訟代理人

弁護士

木原津與志

長崎市長崎県庁内

被告

長崎県知事 杉山宗次郞

右訴訟代理人

弁護士

田川務

右当事者間の昭和二十四年(行)第二一 二二号第二種事業税賦課処分取消請求併合事件につき当裁判所は次の通り判決する。

主文

被告が原告等に対し別紙第三記載の通り賦課した昭和二十三年度第二種事業税の賦課処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決を求めその請求の原因として原告等は夫々別紙第二掲記の網主に雇傭せられ、之に従属してその営む揚操網漁業に従事しているものである処、被告は原告等に対し右事業を営むものとして別紙第三記載の通りの昭和二十三年度第二種事業税を賦課した。しかし原告等は漁業用の資金や網、漁船等一切の生産手段をも所有せず、労働組合を組織して雇主組合に対立し、夫々各網主に従属して漁撈に従事し毎月一定の賃金を得ているものであり、ただ漁業の特殊的性格のため原告等が各雇主から受取る給與はその総額を毎月一定の所謂「おとし」と月総漁獲から右「おとし」を差引いた価額の四割五分に相当する価額という様に一定の歩合で定めているに過ぎない。従つて原告等は孰れも自ら前記事業を営みその企業上の收支を自己に帰属させているものではないから、地方税法に所謂る第二種事業を営むものではないのである。それで原告等は被告の課税処分を不当として孰れも異議の申立をしたが、昭和二十四年三月二十五日被告は右申立を却下したので、右賦課処分の取消を求めるため本訴に及んだと陳述し、尚原告等各個人の賃金は前記の如く割出した総賃金額を従業者総数で割り、これに各人の就労日数を考慮して決定し、毎月一回所謂「闇明け」で出漁しない時に一ヶ月分の計算をする。又漁獲物は一応網主の所有となりそれを売り捌くのは各村毎にある漁船団(網主の団体)が一括して荷受機関に卸すのであると附演し、被告が原告等の給與の所謂る歩合制度であることを理由に、原告等を目して労働力を提供して漁企業に参加している共同経営者となす主張に対しては、右歩合制度による給與は、漁業が專ら自然的事情に支配され漁業收益が免角不安定不確実であるところから、漁業資本家たる船主をして、自ら負担すべき経営上の危險を軽減乃至逸脱する目的で、歴史的に持続させてきた所謂る漁業における資本制化の未発達を物語る特殊的形態であり、これを以て直ちに両者の関係を共同事業と見る主張は不合理極まるものである。共同経営とは経済上の地位を同じくし利害関係を共通にする者の間に形造られる経営形態であり、本件の原告等は職として、漁業労務に従事するのみで労務上の指揮、漁業用品の購入、漁獲物の所有販売、漁業経営の取引事務の一切は船主が掌握專決するのであるから、形式的にも実質的にも両者の間には何ら共同経営の実態なく労務と対価給與とは両者の雇傭契約、労働協約によつて規整されている。又被告は本件原告等と同一形態同一地位にある長崎県南松浦郡一帶の漁夫に対しては第二種事業税を賦課していないが、両者の差異は最低保障額が後者に於て僅かに高いというに過ぎず給與総額においては両者略々同額であり、雇傭の実態に至つては何らの差異もないのである。従前(昭和二十三年度迄)原告等が国税として事業等所得税を賦課され之を納付した事実は認めるが、その故を以て本件課税をも至当とするとはいえない。

又県議会の議決があるとか、他県の実例を参照しこれと歩調を合わせたとかいうことは、何ら本件課税処分が公共の福祉に反することを意味するものではなく、寧ろ違法な本件行政処分の取消こそ公共の福祉に適合する所以である。尚本件賦課処分が取消されれば原告等は国税としての事業所得税のみを賦課されることとなり、右国税と勤労所得税とを比較すれば前者の方が課税率は大であり、これに本件県税及び市町村附加税を加えれば尚更事業所得税の方が勤労所得税よりも高率となる。しかし、たとえ被告の主張するように勤労所得税の方が課税率が大であるとしても、原告等はその軽重を問わず、自己の正当な地位に基いて課税されることを望むものである。その他原告の主張に反する被告の主張はこれを否認すると陳述し、証拠として甲第一乃至第六号証(第四号証は一及び二)を提出し、証人山崎安勝、草野秀吉、荒木寅吉及び遠藤光司の各訊問を求め、乙第一、二号証の各一、二、同第三号証は孰れも公文書であることを認めた。

被告訴訟代理人は「原告等の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」旨の判決を求め、答弁として、被告が長崎県税賦課徴收條例の定めるところに従つて原告等に対し昭和二十三年度の第二種事業税を賦課し、原告等からこれに対して異議の申立があり、昭和二十四年三月二十五日其の異議申立却下決定がなされた事実は争わない。しかし原告等は其の主張するように網主に雇傭せられ單に賃金を得て揚繰網漁業に従事するというものではなく、自ら揚繰網漁業の漁撈に従事して漁業を行い其の漁獲物の対価を以て諸経費を支弁し、残余の利益は網主に於で五割五分を原告等漁撈の現業に従事する者に於て四割五分を取得するものであり、これは原告等が自ら行う漁業で得た利益を享受するものであるから原告等は前記條例に謂う事業を行うものに該当する。更にこれを群言すると本件係争漁業の本質は網主が総ての漁撈設備を整えてその利用権を提供し漁夫が船長若しくは船頭に統轄される一種の組織団体として労力を提供し、漁夫団体の自由な意思に基いて漁撈行為を事業として行うもので、事業執行に要する操業費用並びに漁獲物の売却処分に要する一切の費用は網主と漁夫とが平等に負担し、残余の利益金を前記割合で分配收得するのであるから、両者の共同事業と解すべきものであり、之に対し原告等は生産手段を有せぬ漁夫が之を有する網主と共同事業を行うということは形容矛盾であると主張するが、網主は生産手段の所有権を出資するのではなく、その利用価値を出資するものであるから何ら原告等の非難するような不合理はない。漁業用品の購入、漁獲物の販売等を網主が行う場合があるとしてもそれは網主單独の意思によるものではなく委任の法理に基くものであり、労務行為についても網主は漁夫に対し一方的指揮権を有するものではない。もし網主に労務上の一方的指揮権があり漁夫は唯その指揮命令に従つて労務に服するのであるならばその対価としての報酬は結果の成否を條件とすることなく当然供與されねばならない。故に本件漁業のように労務の結果が自己の経済に利害得失を及ぼす場合は純然たる雇傭契約ではなく請負に類するものと解すべきものである。又原告等が主張する保障給なるものは一ヶ月金千八百円というのであるから、客観的に労務者の最低生活を保障し得るものとは云えず、従つてそれは事業損失の保障であるというべく、労働協約だと称するものもその内容自体が明示するように、雇傭契約を前提とする雇主と雇人との協約ではなく、漁業経営について各利害を同じくする網主の団体と漁夫の団体とが互に事業遂行についての利益分配を主眼として締結した契約である。以上の様な諸点から考察し原告等が網主と雇傭関係にあるとは認められず、従つてその所得が賃金であるとは考えられない。斯様な次第で、原告等の行う漁業上の所得は当然前示條例の定める第二種事業税賦課の対象となるべきものであり、被告の原告等に対する同税賦課処分は何ら違法ではないから、原告中の本訴請求は失当である。

更に又原告等は、従来、国税である所得税に関し、自ら所轄税務署に対し前示利益配分金を事業上所得と申告し、税務署も亦これを事業所得として取扱い、昭和二十二年並びに二十三年度における原告等の所得については、国税たる事業所得税の賦課及び納入を既に完了しているので被告も亦これと課税の均衡を保つことをも考慮した上で、原告等が、事業所得として自認した右昭和二十二年度の所得に対し、その実績に徴して、県税たる本件第二種事業税を賦課したのであり、昭和二十四年度以降に於て国税が給與所得として取扱われることになれば、被告も亦右取扱いを尊重し、これと併行する意味で第二種事業税を賦課しないことに決定しているのであるが、既に賦課した本件第二種事業税は長崎県昭和二十三年度の歳入予算に計上され凡ての手続を完了し、又原告等と同様の立場にある多数の者は何ら異議なく納税している現状であるから、若し本件賦課処分を違法であると認定した場合でも、裁判所は、前述の通り国税が事業所得として既に納付済であること、県全体の収支予算に於て收入減となること、被告として賦課の当初特に愼重を期して本省の指示を仰ぎ他県の実例を参照してこれと歩調を併せ、特に原告等県民の代表である県議会に於て検討し、原告等に第二種事業税を賦課すべきものであると決定した等の諸事情を考慮し、本件賦課処分を取り消すことは他に及ぼす影響甚大なるものがあり、公共の福祉に適合しないものとして、行政事件訴訟特例法第十一條を適用し、本訴請求を棄却されたい旨陳述し、尚国税としての事業所得税と勤労所得税とでは、後者に於ては基礎控除のみであるが前者に於ては基礎控除の外三割乃至四割の必要経費を控除するので事業所得税の方が勤労所得税に比し税率は低くなる旨述べ証拠として乙第一号証の一、二同第二号証の一乃至三、及び同第四号証を提出し、証人相良哲夫の訊問を求め、甲第一、二号証は孰れも不知と答え爾余の甲号各証はその成立を認めた。

理由

被告が長崎県税賦課徴收條例の定めるところに従つて原告等に対し昭和二十三年度の第二種事業税を賦課したこと、原告等が之を不服として異議を申立てたところ昭和二十四年三月二十五日被告は右異議申立を却下したことについては孰れも争がない、被告長崎県知事が原告等漁夫に前記第二種事業税を賦課したのは原告等が單に網主に雇傭され賃金を得て揚繰網漁業に従事している者ではなく、網主と共同し、若くは網主との請負契約により漁業をなし同漁業上の收支を自己に帰属させていて前記條例に所謂る事業を行うものに該当するからである旨被告は主張するのであるが、原告等漁夫がその従事している前記揚繰網漁業に於て如何なる地位を占め如何なる業態を営んでいるかにつき考察するのに証人山崎安勝、草野秀吉、荒木寅吉及び遠藤光司の各証言によれば順次夫々野母村、脇岬村、樺島村における前記漁業経営の様式につき、網主と称する経営者が経営に要する資金と船、網、諸道具及びその附属品等の資材を出資し、先ず漁業全般の指揮者となる船頭及び本船の指導者となる船長を雇入れ、次に右船頭及び船長も加え三名で協議して網の操作を営む舟子即ち原告等を雇入れている事実、網主と舟子との間には、前記各村單位にある舟子の団体たる漁民労働組合と網主の団体たる漁船団との間或いは網主單独と同網主に傭われている舟子のみの団体との間に孰れも労働協約が締結されている事実、前示資金、資材等の生産手段は全て網主のみが負担し、舟子は労働力を提供し船主の代行者たる船頭の指揮に服して沖作業に従事している事実、漁獲物の処分は専ら網主がなして舟子はこれに関與せず、漁獲高が多い時は先ず舟子等の自家用消費に充てる菜、或いは「おとし」と称する部分を差引き、一ヶ月間の操業費を控除して、残り純水揚高の五割五分を網主、四割五分を舟子に分配し、舟子は右四割五分の中からその出稼率に応じて支給を受けている事実、漁獲のない場合は舟子に対しては最低給與保障額として千円乃至千八百円を支給し、操業経費は網主の負担となり、経営上の損失に対しては全部網主のみが責任を負うている事実を認めることができ、これら各般の事実を成立に争いのない甲第三乃至第六号証を参酌の上、考え合わせると、本件漁業は網主等の事業であり、右漁業に因る原告等の所得は、單にその提供した労務の対価として網主から支給されたものにすぎないことを確認するのに充分である。右認定に資した証拠資料との対照上、証人相良哲夫の原告の主張に副う証言は信用し難く、その他被告の全立証によつても、右認定を覆して被告の右主張事実を首肯するのに足りない。尤も被告の主張するように、舟子の給與がその労務の結果に左右され、一定の固定給でなく歩合によるものであることは、そのとおり相違ないところであり、従つて外形上からみれば成程共同経営に基づく利益分配のようであるけれども、これは本件漁業が、まだ全く原始産業の域を出ず近代的な企画経営として確立されていない為、自然的事情に作用されることの多い漁企業の不安定性から結果した特殊な賃金支拂形態とみなすべきものであり、その他漁撈作業に於て舟子が自由意思を発揮することがあつてもそれは海上遠く沖合に出て為す漁獲の具体的作業に於て技術的細部につき時宜に適した判断を下す丈けのことであつて事業自体の意思決定に原告等舟子が参画しているという事はできず、漁獲物が網主と舟子の共有に属してその売却処分につき網主に委任するとか漁業の諸経費を舟子も負担するとかいう点については何らの立証もないのであるから、右の一事をとり上げて、本件事業を一種の請負契約乃至共同事業であるという被告の前記主張は全く採用に値しない。そうだとすれば原告等を目して前記條例に所謂る第二種事業たる揚繰網事業につきその收支を直接自己に帰属させている者として県税たる第二種事業税を賦課した被告の行政処分は到底違法たることを免れぬものと云わねばならない。次に被告は若し被告の原告等に対する本件賦課処分が違法であるとしてもこれを取消すことは公共の福祉に適合しないと主張するのでこの点につき判断するのに、行政事件訴訟特例法第十一條に所謂る公共の福祉に適合するか否かは一般的抽象的に論ぜらるべきものでなく、具体的事案に関し、当該行政処分における違法性、違法処分を受けた者の蒙つた損害、そして右違法処分を認容した場合社会国家の享受する利益につき夫々の性質程度を比較衡量することによつて個別的相対的に決定されねばならぬものであり、本件の場合原告等の蒙つた損害というものは適法な手続により正当な課税を受くべき財産上の基本権に対する重大な侵害であつて法の下の平等を保障された原告等のかかる基本的地位はそれ自体が嚴乎として擁護されねばならぬ公共の福祉であるのに反し、被告の行政処分における違法性は看過さるべき軽微な瑕疵とはいえず、右処分を取消すことによつてもたらされる損害換言すればこれを維持することによつて継続する社会一般の利益というものは結局県財政上の收入であつて、元々原告等の福祉を侵害することによつて流入を予定していた税收が正当な手続に復することによつて徴收ができなくなつたというに止り、この場合税收は既に予算に計上してあつて全ての手続を完了しているとの理由で処分は違法でも公共の福祉に適合しないから、原告等の請求を棄却するということになれば税法上の違法処分を受けた者は如何なる場合にも救済の道を奪われることになり、かくては原告等の蒙る損害は益々重大で、これを無視してもいい程公共の福祉が大であるとは到底考えられないからこの点に関する被告の主張も亦排斥されねばならない。

以上認定の通りであるから被告の違法な処分の取消を求める原告等の本訴請求は孰れも正当としてこれを認容すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 林善助 裁判官 厚地政信 裁判官 安仁屋賢精)

(別紙省略)

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